風土をいただく(2026年10月25日掲載)

50歳、4児の子育てをしている父親です。


秋晴れの週末、無農薬米を育てられている五十鈴園さんの稲刈りに家族で参加しました。

五十鈴園の鈴木崇史さんが丹精込めて育てたお米は、今年2月に開催された「無農薬米日本一コンテスト」で、キヌムスメが優秀金賞、ササニシキが金賞を受賞しています。


以前、お客様から、農業用水を畑にまくと野菜が枯れるため、水道水を使っているという話を伺いました。

水田の除草剤が、ほかの作物に影響する場合があるというのです。

原因は確かめられていませんが、その話が心に残り、五十鈴園さんはどうやって無農薬米を育てているのだろうと気になっていました。




鈴木さんによると、田んぼの近くで愛鷹山系の湧水を直接取水しており、ほかの田んぼを経由した農業用水が混ざらないそうです。

無農薬米づくりには、水の環境も大切なのだと納得しました。




当日は澄み渡る青空に富士山が美しく映え、黄金色の稲穂が広がっていました。

子どもたちはぬかるんだ田んぼに足を取られながらも楽しそうに稲を刈り、大人たちは慣れない手つきで作業を進めます。

田んぼには稲に交じって稗(ひえ)も生えており、除草剤に頼らない米づくりの苦労もうかがえました。


稲刈りの途中、鈴木さんに、その朝炊いたキヌムスメの玄米の話をすると、「焼きおにぎりにするとおいしいですよ」と教えていただきました。

早速、帰宅後の昼食につくってみると、醤油の香ばしさと玄米のプチプチした食感が何とも楽しい。

4合炊いたご飯を、家族であっという間に平らげてしまいました。


五十鈴園さんの田んぼに限らず、沼津市内には数多くの湧水があります。

「ぬまづの宝100選」にも「沼津の湧水群」が選ばれています。

山に降った雨は大地に染み込み、やがて湧水となって地表に現れ、田畑を潤します。

川から海へ流れ、蒸発して雲となり、再び大地に降り注ぐ。私たちは、そんな水の循環の中に生きています。


水の循環を考えると、沼津市西浦河内にある「河内の大スギ」を思い浮かべます。

樹高43メートル、枝張りは東西26・5メートル、南北24メートルにも及ぶ巨木です。

年に一、二度、家族で訪れ、根元でおにぎりを食べたり、木肌に触れたりして、その大きな生命力を分けてもらっています。


ところで、これほど大きな木のてっぺんまで、どうやって水が届くのでしょう。

ポンプで押し上げるわけでもありません。

実は、根から葉まで続く細い管が水で満たされ、葉から水が蒸発することで、その分の水が根から引き上げられていくそうです。

まるで一本の長い水の柱。

静かに立つ巨木の中で、絶えず水が動いていると思うと、不思議な気持ちになります。

この仕組みを知ってから、市内の木々や道端の草花を見るたびに、そこにも小さな「水の柱」が息づいているように感じるようになりました。


私たちは、豊かな水の循環の中に暮らしています。

しかし、この水の豊かさは、世界のどこでも当たり前というわけではありません。

最近読んだ本に、アフリカの乾燥地帯では金属の皿を砂で洗い、顔を洗うときにも、水をすくった手に顔を近づけるという話がありました。

日本では蛇口から流れる水で食器を洗い、手ですくった水を顔に運ぶ。

普段何気なく繰り返している仕草も、豊かな水に恵まれているからこそ生まれた習慣なのかもしれません。


日本には、「春雨」「五月雨」「時雨」など、雨を表す言葉が数多くあります。

水は稲作を支え、季節の移ろいを知らせ、私たちの感性や文化を育んできました。

清らかな水に心地よさを感じ、自然の恵みに感謝し、ときには畏敬の念を抱く。

そうした日本人の精神性もまた、水に恵まれた風土によって培われてきたのではないでしょうか。


ある時、友人からこんな言葉を教わりました。

「経済は産業から生まれ、産業は文化から生まれ、文化は人の精神から生まれ、人の精神は風土が育む」

以来、折に触れて思い出す言葉です。


現代社会には、経済を語る言葉があふれています。

「成長」「効率」「生産性」「投資」。

もちろん、どれも大切です。

しかし、その土台にある文化や人の精神、さらにはそれらを育んできた風土については、あまり語られていないように感じます。


海外で成功した仕組みや文化から学ぶことも必要でしょう。

ただ、そのまま持ち込んでも、同じように根づくとは限りません。

土地が違えば、自然も暮らしも、人々が大切にしてきたものも違うからです。


沼津には、沼津の風土があります。

富士山や愛鷹山の水、田畑や森、駿河湾。

そして、その恵みとともに暮らしてきた人々の知恵や価値観。

そこに育まれた精神性は、この地に生まれ育った人にも、移り住んできた人にも、少しずつ染みこんでいく。

それが、沼津に暮らす私たちをゆるやかに結んでいるのではないでしょうか。


風土が人の精神を育み、その精神がまた風土を守る。

その積み重ねから文化が育ち、産業が根づき、経済も健やかに回り始める。

地域を豊かにするということは、まず、その土台となる風土を大切にすることから始まるのかもしれません。


子どもたちには、この土地の風土を大切にしてほしいと願っています。

田んぼの泥の感触も、大スギの木肌も、家族で食べたおにぎりの味も、いつか忘れてしまうかもしれません。

それでも、身体のどこかに残る小さな記憶が、ふるさとを愛おしく思う心を育ててくれる。

そんなことを願いながら、これからも子どもたちと、この土地の恵みに触れていきたいと思います。




文・写真=飯田理一朗(株式会社トップ・ワークス)

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