国語コンプレックス(2022年12月21日掲載)
46歳、4児の子育てをしている父親です。
常日頃、子供達には様々な事象に苦手意識を持つことになっても、固定観念とせずに、人生の中で時には挑戦し、自分の変化を楽しむように生きて欲しいと感じています。
私の読書の目覚めは遅く、本格的に読書をするようになったのは30代になってから。
子供の頃は国語が大の苦手で、成績で3から上の評価をもらったことがないと子供達に話してもなかなか信用してもらえません。
読書の素晴らしさを知り、子供達の習慣にしてほしいと、あえて子供たちの目の前で本を読むようにしていたことを考えればそう思われても仕方がないとも感じます。
読書に目覚める転機となったのは、沼津市第4次総合計画審議会の委員に任命されたこと。
時の栗原市長の気まぐれでしょうか。
沼津市の未来を話し合う場に参加させて頂き、その当時の身の丈で考えた、沼津市の未来を語らせて頂きました。
ただ、審議員を務めた後に私に残ったものは、自身への絶望でした。
『話が通じない』これからは若さといった勢いだけでは、知識や経験が豊富な方々とは語り合えない。
そう感じた私が悩んだ先に見つけた光が、当時大学教育で見直され始めた、リベラルアーツ教育、基礎教養の習得でした。
知識を広く取り入れ、応用できる知恵を育むことを目的とするリベラルアーツ。
それまで国語への苦手意識から、自分から本を手に取って読むことはあまりありませんでしたが、意を決し隙間時間に少しずつ始めることにしました。
まずは世界の常識を知ろうと、私が最初に手に取り学びをはじめたのは、人類の歴史上一番多くの人間が読んだであろう「聖書」でした。
世界宗教から古今東西、興味の赴くまま、分からないなりにとりあえず読んでいく。
そんな日々を過ごしていたら、いつの間にか、本への苦手意識は無くなっていました。
様々な本に触れていくなかで、文字を残すことに命を懸けていたであろう、文章中から感じ取れる熱量や、多くの方が読み残そうとしてきた歴史から、いわゆる古典と呼ばれる本を手に取ることが多くなっていくのですが、そこで私が大事にしていた場所は、マルサン書店仲見世店の岩波文庫の一角でした。
世界の真理はここにある。そう感じてしまうほど、偉人たちの高い壁を感じつつも、いつでもおいでと言われているような優しさをこの一角で感じていました。
ただ、仲見世店の閉店後、沼津市内にはこのような場所が消えてしまいました。
出版社に勤める友人から、出版社や書店の事情を教えてもらい、このような場所が全国で消えていっているという話を聞き、私を育ててくれている場所だっただけに非常に残念な気持ちになりました。
失ったものを数えるのではなく、今あるものを数えたいと考えていますが、市内の書店を巡ったあとに知った実情に、人類の後輩たちへ、人生を歩む道しるべの一つを残せなかった責任を痛感しました。
本のある意味、本である意味。
人間の思いを、紙を通じて文字として残す。その意味は必ずあると私は信じています。
子供達には、「私の思いは沼津市立図書館2階の郷土コーナーにあるから、私が死んでも人生に迷った際は、足を運んで文章の中から何かを感じて欲しい。」と伝えています。
生まれ故郷の知の集積と呼ばれる図書館に文章を残せる機会を下さる意味でも、沼津朝日新聞社様にはとても感謝しています。
人間はいつでも変われる。
世界の偉人たちも人生をもって証明されていますが、子供達には勇気をもって、固定観念にとらわれず、様々なものに挑戦して、豊かな感覚と知恵を育んでほしいと考えています。


