心で記憶する(2023年12月12日掲載)

47歳、4児の子育てをしている父親です。

常日頃子供達には、身の周りで起こった感動を心に刻み、未来への礎にして行ってほしいと感じています。


先月21日、チームオレンジはら・うきしまの一員として、母校の原中学校にて認知症サポーター養成講座を1年生対象に行ってきました。

毎年趣向をこらして講座に臨むのですが、前半の座学担当のはらデイサービスセンターの鈴木貴勝さんが座学の最後に動画で流した、樋口了一「手紙~親愛なる子供たちへ~」が、特に生徒たちの心に刻まれたのではないかと感じています。

歌詞の内容は、認知症の方の言葉にならない心の声を表現したもので、もしかしたら私たちチームオレンジの仲間や先生たちの方が、グッときてしまったかもしれません。

ユーチューブでご覧頂けますので、是非検索してお聞き頂ければと思います。


後半はその歌詞の内容を引用したゲーム形式のワークショップで学びを深めてもらい、最後に「時間と記憶」の話をしました。


「記憶と記憶を結んだ物語を、私たちは時間と認識しています。

専門家でもない私が言うのはおこがましいけれど、認知症は脳の病気であって、記憶と記憶の結び方が上手くいかなくなってしまっただけなのだと感じています。

だから傍から見ておかしいなと感じても、認知症の方からすれば、自分の中で結ばれた正当な物語であり、時間です。

自分が正しいと思うことをいきなり否定されたら、誰でも辛いと感じます。

認知症の方と対面したら、尊厳を大事にしつつ、思いやりの気持ちをもって見守り、サポートしてほしいです。


また、人は同じ場所にいても、それぞれが違う記憶をしています。

それぞれがそれらの記憶を結んで過去を思い返し、記憶の中から展望して未来を見つめています。

だからあなたの未来は、あなたの記憶の中からしか生まれません。

もし未来に希望が持てないなら、自分に新たな記憶を刻んでほしいです。

その時は頭で記憶するのではなく、心で記憶を刻んで下さい。」


頭で記憶した学生時代の授業の内容は、スッカリ忘れてしまうけれど、心で記憶した学生時代の他愛もない日常のひと場面は、さっき起こったことかのごとくスラスラ出てきます。

心で記憶したことは、一時的に忘れることはあっても、ふとした瞬間に蘇るなど、なかなか忘れることはできません。


視力と聴力を失ったヘレン・ケラー。

彼女ほど言葉を大事にした人間はいないだろうと思い、彼女の自叙伝を読んでいたときに、ある場面に驚きました。

それは彼女の創作文に盗作疑惑がおこったことです。


ヘレン・ケラーも、彼女に読み聞かせたであろうサリバン先生も、盗作した題材と疑われた本を記憶していませんでした。

全米からバッシングをうけ、彼女は身辺を調べるのですが、身近な場所にはその本はなく、幼少の頃にバカンスで訪れた家の本棚にあったのではないかという曖昧な話が出た程度で、聞き写したような証拠はありませんでした。

彼女が故意に盗作するとは思えませんし、私も文章を書いていて、自分の中にこんな言葉があったのか驚くような文章が突然出てくることがあるので、心で記憶したものは頭で忘れていても、ちゃんと心に残っていくのだなと感じています。


先日の杉原千畝夫妻碑前祭でのリトアニアのクリスティーナ・シャルティ一等書記官の涙も、心で記憶したものからでした。

彼女は幼少期に、侵攻してきたソ連軍が戦車で人をひき殺し、白い雪に鮮血が染み込んでいく情景を目撃したそうで、スピーチ中にその記憶が湧き上がってしまい、ついつい涙がこぼれてしまったそうです。

戦争の怖さを感じるエピソードで、彼女の心に刻まれてしまった記憶は消えることはないだろうと感じました。


ただもしそんな記憶からも、平和な未来を展望し実現できるのであれば、そのいたたまれない記憶も報われるのではないかとも感じています。

悲しいエピソードも、幸せなエピソードの礎とする。

感情記憶の上書きができればいいなと感じています。


心で記憶したもの。

それは感情記憶と強く結びついたエピソード記憶です。

特に感情記憶は、認知症になり記憶を失っていっても、その人の人生の最後の日まで残る、一番大切な記憶の「ダイヤモンド」のようなものです。

感情記憶に働きかけることで、他の記憶が蘇ってくることがあります。

日々「よい感情」の記憶を残していくこと。

誰もができる最高の人生の送り方だと私は感じています。


心で記憶する。

その心掛け一つで人生は大きく変わり、より豊かな人生を送れると感じています。

子供たちには日々の何気ない日常の中でも、よい感情を伴った素敵な記憶を心に刻んでいってほしいと感じています。

それが胸を張って未来へ歩む、子供たちの人生の礎になると信じています。

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