連続するハレと健全なケ(2024年4月3日掲載)

47歳、4児の子育てをしている父親です。

常日頃子供達には、日々の生活を大切にしつつ、非日常の心が躍るような瞬間も謳歌する。

それぞれに幸せを感じつつ、バランスを楽しむように、充実した人生を送ってほしいと考えています。


私は3月14日のホワイトデーに、家族と社員へ日頃の感謝の気持ちをこめて、焼き菓子を贈っています。

こういった機会を大切にしたいと思いながらも、日々慌ただしいと失念してしまうもの。

毎年、魚町のロータススイーツさんにフォローしてもらい、今年も彼女の作る美味しい焼き菓子を贈ることが出来ました。


チャーミングな彼女。

いつものようにお任せでお願いしたら、今年は「LOVE」の文字をかたどった焼き菓子が入っていて、流石に社員に手渡す際に照れました。


ホワイトデーを調べてみると、1977年頃に日本で始まったイベントであることがわかりました。

バレンタインデーと対をなすこのイベントは、福岡の老舗菓子屋が始めたもので、日本らしいお返し文化から生まれ、定着したようです。


こういった記念日マーケティングにより生み出されたイベントは近年増え続けてきました。

気付けば日本古来の年中行事に、クリスマスやハロウィンなどを加えると、一年中「ハレ」の場が続くようになり、特別だった「盆と正月」なんて言葉も死語になりつつあるのかもしれません。

この傾向は、SNSの隆盛により『インスタ映え』という言葉が代表するように、さらに加速化されてきました。

これは経済活動の活性化と共に、「ハレ」が日常的に連続されていくことを是とする社会が、事実上容認されてきた流れと言えます。


これにより懸念されるのは「ケ」の喪失です。

日本人は古来より、非日常の時間と空間を「ハレ」、日常の時間と空間を「ケ」として、生活態度を区分けし営んできました。

ケの世界を生きる中で気が枯れ、ケガレ(気枯れ)状態から生命力を回復するために、ハレの世界がある。

ケ→ケガレ→ハレ→ケ→ケガレ→ハレ…、という循環の中で、日本人の暮らしが営まれてきたと民俗学では考えられています。

「ハレ」と「ケ」の境界はどんどん曖昧になり、「ハレ」が連続していく。

非日常と日常の循環を大切にする日本人の伝統的な価値観にとって、これは大きな変化です。


社会の光が強ければ強いほど、その光で生まれた影はより暗い闇へ落ちていきます。

『闇バイト』『立ちんぼ女子』という言葉が日常化しているのもその表れだと思います。

簡易的に「ハレ」が手に入れば、簡易的に「ケ」も手に入れようとする。

IT社会の恩恵を受けている以上、この流れは簡単には変わらないのかもしれません。


IT社会の発展により、私たちは日々大量の情報を手に入れるようになりました。

そして、それと呼応するようにその情報を処理する能力が求められるようになりました。

この変化は、地球上で一番情報処理が遅いことで、隆盛してきた人類にとって、とても大きな壁に直面しているのかもしれません。


情報処理速度をあげて行動するということは、脊髄反射に近い状態で行動するということです。

この分野での長である野生の動物たちは生存競争を勝ち抜くために、環境の変化をいち早く感知し、情報処理し、行動に移しています。


それに対し私たち人類は、情報処理を遅くすることで、多くの自由を勝ち得てきました。

入ってきた情報を保留し続けることで、考える時間を設け、行動の選択肢の幅を広げてきたわけです。

雑念を無くし、無心になることで、様々なことを考える余地を生み出し、創造する。

地球上で唯一持ち得ている人類の能力を、人類はどうするのか試されているように感じます。


私は「ケ」の生活において大切なのは、無心になって働くことだと感じています。

江戸時代の思想家石田梅岩は働くことを「傍(はた)を楽にする」ことだと定義づけています。

楽という言葉は様々な意味があり、全てにおいて私は好きです。

無心になって働くことで、また新たなアイデアや日々の中でも小さな幸せに気付くことができるような気がします。


諸行無常の世の中ですから、良いことばかりではありません。

ケガレた時には、ハレを思う存分楽しんで、またケを邁進していく。

健全な「ケ」とは何か、未だに掴めていませんが、健全なケがあってこそ、ハレもまた充実するような気がしています。


「ハレ」と「ケ」。

子供たちには、2つの生活をバランスよく生きて行ってほしいと感じています。

情報が高速に飛び交う現代社会においても、焼き菓子を食べながら一息つくなどして、心をリセットしながら、日常を大切に生きて行ってほしいと感じています。

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