子育て中の私が杉原千畝に感じる事(2021年7月2日掲載)
43歳、子育て中の4児の父親です。常日頃、子供達にはグローバル社会において、自分という個性をもって、世界で活躍して欲しいと考えています。そんな折、長興寺の松下宗柏住職に、杉原千畝夫妻顕彰会に参加しないかとお誘い頂き、これはいい機会になると感じ、参加させて頂くことにしました。
杉原千畝氏のことを知ったのは、高校2年生の時のこと。当時洋画に夢中だった私は、『インディ・ジョーンズ』、『ジュラシックパーク』で世界的に有名になっていたスティーヴン・スピルバーグ氏が、無縁であったアカデミー賞を取るため、ホロコーストから多くのユダヤ人を救った実話を題材にした「シンドラーズリスト」を製作し、実際に受賞しました。興味深く映画を見る中で、『東洋のシンドラー』として杉原千畝氏が紹介されている文献を読み、杉原千畝氏の偉業を知り、同じ日本人として誇らしく感じました。
それから時は流れ、4年程前になります。2020年に小学校の新学習指導要領の開始に伴い、英語教育の必修化が決まりました。社会環境の変化にあらゆるものが適合していくことは当然のこととしても、グローバル社会の中で子供達を育てていく上で、私にふとある問いが生まれます。『日本語教育は子供達に必要なのか?』私はその問いの答えを見つけるべく、様々な文献や書物を読むようになりました。人類史としての言語の起源から、他言語を含めた文法の成り立ち、日本の宗教史、文化史、偉人が残した書物まで。もちろん全部を網羅できたわけではありませんが、知れば知るほど脈々と続く流れといいますか、日本語の中に背骨のような一本筋の通った考え方や哲学を感じ取るようになりました。結論としては、日本語は美しく、優しさにあふれ、世界に誇る文化性を持った言語であると実感した上で、グローバル社会の中の多様性の一つとして、必ず学んだ方がいい。胸を張って子供達に日本語を扱ってほしいと感じるようになりました。言語には、それぞれの民族の哲学や情緒などが多く内包されています。時代は変わり、その扱われ方は多少変われど、知らず知らずにその言語を話すことで、民族性が継承されていると私は感じています。同じ言語を話していた杉原千畝氏の中にもそれは感じていて、誇らしさと同時に日本人らしさを感じるのです。
杉原千畝氏はリトアニアの在カウナス日本領事館領事代理時代、駐留していた領事館に押し寄せた西欧各地から来たユダヤ人系難民にビザを発給し、多くの命を救いました。今でこそ「宇宙船地球号」という言葉や、「SDGs(持続可能な開発目標)」といった考えが一般化されてはいますが、当時は西欧諸国が覇権を争う時代です。人道という言葉は、蔑ろにされていたと言っても過言ではなかったと思います。では、杉原千畝氏がどうして人道的な行動がとれたのでしょうか?私は彼が真の日本人だったからだと感じました。
日本人は古来より、善悪と言った評価軸だけでなく、粋や野暮と言った評価軸を持つなど、情緒を重んじてきた民族です。海外に赴任しながらも情緒あふれた感性を忘れずにいた杉原千畝氏は、目の前にあふれたユダヤ人難民を目にしたときに、『考えた』はずです。『考える』の古い形は『かむかふ』。「か」に特別意味はありませんが、「む」は「み」すなわち自分の身で、「かふ」は「交わる」を意味します。考えるというのは、自分の身をもって相手と交わることを意味し、杉原千畝氏はユダヤ人難民たちと交わり、自分の情緒を信じ、ビザの発給という行動に移したのだと感じました。また、家族の同意や支えがあったとはいえ、寝食を忘れ約1か月間で六千ものビザを発給した行動は、日本古来の哲学でもある「無私」の精神を感じずにはいられません。ユダヤ人難民の為に、自分を捨てペンを走らせ続ける。後に多くのユダヤ人を含め世界中の人から尊敬されるのですが、「無私」という没個の精神から生まれた、強烈な個性に日本人らしさを感じます。そういった日本人らしい個性の育み方を多様性の一環として子供達に伝えたい。そんな機会を得たと、松下住職からのお誘いの中で私は感じ取ったのでした。
現在、命のビザ・杉原千畝夫妻顕彰会では、昨秋建立しました杉原千畝顕彰碑の脇に英文による説明板設置をすべく、多くの方にご協力をお願いしております。来訪する外国人観光客や在日外国人の方々に、世界に誇る杉原千畝夫妻の偉業と共に、風光明媚な沼津を感じて頂きたいと考えています。お一人様一口千円でお願いしております。お問合せは055(966)0125(長興寺)までご連絡ください。皆様のご厚意と杉原千畝夫妻との御縁が結ばれますことを心よりお願い申しあげます。


