30年で日本から失われたもの(2023年7月22日掲載)
46歳、4児の子育てをしている父親です。
常日頃子供達には、日本人らしく、感性と情緒を大切にする心を常に忘れずに生きて行ってほしいと感じています。
近年、「失われた30年」という言葉が日本の経済状況を象徴するかのように頻繁に引用されています。
私は失ったものを数えるより今あるものを数えたい人間ですので、このような後ろ向きな表現を目にするたびに、何とも言えぬ、やるせないものを感じます。
言葉というのは心に深く刻み、私たちに影響を与えます。
30年で失われたものは、経済的な損失だけなのだろうか。
マスコミの多用の背後で、さまざまな価値が喪失しているのではないか。
そのような疑問を抱いていたある日、松岡正剛の「千夜千冊」でドナルド・リチー氏の書評に出会いました。
『いつからか日本は、「あいだ」を失った。
日本人って曖昧だね、中間的だね、イエス・ノーがはっきりしないよと言われるうちに、日本にひそむ「あいだ」を見る力を失ったのだ。』
この文章を読んだときに、私はハッとしました。
確かに、日本人とは曖昧な態度をとる人種と海外で認識されていました。
そうであるならば、日本人から曖昧さが失われたのはいつからなのだろう。
そんなことを思案しているとある言葉が頭に浮かびました。
「No」と言える日本。
この言葉はマスコミによって多用され、私たちの心に深く刻み込まれました。
この言葉が生まれる10年前を思い起こすと、ソニーがウォークマンを発売し、トヨタがアメリカの自動車産業を脅かしていました。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」
日本経済が黄金時代を迎えようとしていました。
しかし数年後、経済が絶頂の日本に対し、アメリカは膨らみ続ける貿易赤字を解消すべく、為替介入政策としてプラザ合意を提唱します。
日本では円高不況が起こる一方、アメリカは貿易赤字の減少に成功しました。
ただしこの数年後、再びアメリカの貿易赤字は膨らみ始めます。
この謎の現象をもって、サミュエル・ハンチントンは著書「文明の衝突」にて、日本は西欧文明とは異なる行動原理を持つ謎の国で、地球上で唯一の文化を持つ国であると日本を評します。
日本の貿易黒字が再び拡大した背後には、日本企業の不屈の努力がありました。
海外進出を含む産業構造改革や、円高による輸入品の低価格化を利用して、海外で生産した日本製品を輸入するなど、多くの手段で困難を乗り越えました。
「No」と言わずにプラザ合意を受け入れたことで、アメリカとの直接的な貿易戦争を避けつつ、産業構造改革に成功しました。
さらに円の通貨価値が上昇したことで、世界第2位の経済大国の地位を確固たるものとし、世界へ向けての発言力が増しました。
「No」と言える日本という言葉は、そんなタイミングで生まれたのでした。
そしてこの数年後、日本経済のバブルは弾けました。
日本人の象徴的な特性であった「曖昧さ」とは何だったのでしょうか。
「あいだ」を見る力とは何だったのでしょうか。
そのように疑問を深掘りしていると、さらにこんな文章に出会います。
「わたくし個人に関して言えば、すべてのことについて、カタゴライズを必要としていません。
『曖昧であることがものごとの自然』と考えているわけではなく、つねに『感じるまま』であることが、私にとって、すべてであるからです。」(叶恭子)
古来より日本人は、感性と情緒を大切にしてきました。
そして、様々なものを受け入れ、変化してきました。
感じるままにと言えば、日本語の文法にも表れていて、結論である述語が最後にあることで、感性の赴くまま話すことができます。
古英語も述語が最後にあったようですが、数々の戦争を経験する中で、文法が変わっていったようです。
世界で唯一少なくとも200年以上、内戦を含む戦争が起こらなかった地域である日本。
私たちが話す言葉の中にも日本人としての感性が脈々と継承されていると感じます。
近年の日本は、グローバルスタンダードという名のもとで、二元論的思考に偏り過ぎているのではないかと感じます。
私たち日本人は本来多元論的な民族です。
一つ一つ、一人一人の感性と情緒を大切にしてきました。
だからこその「和を以て貴しと為す」なのだと思います。
子供達には、感性と情緒を大切にして生きて行ってほしいと感じています。
これからの日本人として、時に二元論、時に多元論。
感じるままに、変化をいとわず、より良い未来を選択していってほしいと感じています。


