祈る力が息づく国、日本(2025年1月21日掲載)

48歳、4児の子育てをしている父親です。

新しい年の始まり、私たち家族は恒例の関西方面への旅に出ました。

私たち家族は御朱印集めが趣味で、今回も御朱印帖を携えて伊弉諾神宮、石上神宮、橿原神宮を巡りました。

それぞれの神社で神様に挨拶をし、御朱印をいただくたびに、家族一人ひとりが新たな一年への思いを心に刻む時間を過ごしました。


多くの参拝客で賑わう初詣の風景に、日本の正月らしさを感じ、今年一年が皆にとって良い年でありますようにと自然と祈る気持ちになりました。

そんな祈りの光景を目にして思い出すのは、かつてチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世が日本を訪れた際の言葉です。


「日本という国には、至る所に祈りを捧げる場所がある。

全国の寺院や神社、道端の地蔵様や道祖神まで。

これほど祈りに満ちた国民性は素晴らしい。」

その言葉を聞いたとき、日本の形や私たちの文化の根底にあるものが見えた気がしました。


確かに日本は、独特な宗教観を持つ国です。

神棚と仏壇が同居する家庭も珍しくなく、会社には達磨や、熊手などの縁起物が置かれることもしばしば。

汎神論的な考えが自然と根付いている国民性は、日常生活にも息づいています。


かつてバックパッカーとしてヨーロッパを旅した際、キリスト教の教義に触れるため旧約聖書と新約聖書の解説書を読み、その土地の教会や美術館を巡ると、宗教とは祈りと希望の哲学であると実感しました。

その後もイスラム教や儒教、道教などの東洋思想、日本の古典に触れる中で、信仰を持つ意味を改めて考えるようになりました。

日本の古典に学ぶと、歴史上の偉人たちは多様な宗教を学び、それらを自らの哲学や芸術に取り入れていることに気づきます。


例えば、白隠禅師の禅画には仏教のみならず儒教や道教、神道の要素が見え隠れします。

その広い視野に触れることで、自分自身が信仰を通じて得た哲学を見直し、改めて信仰している宗教を振り返り、祖父母や両親が繋いできた思いを改めて深く感じるようになりました。

そして、私自身の家族にも同じ信仰を哲学の軸として共有し、次世代に受け継いでいきたいと強く思うようになりました。


あらゆるものに神を宿す汎神論の国、日本。

近年、無神論を選ぶ方々も増えてきました。

科学技術の発展とともに、神様の存在が薄れつつある現代ですが、私は神様の存在が現代においても重要だと考えています。

その理由を三つ挙げたいと思います。


第一に、神様は文化や慣習を形作る存在です。

神様の下ではすべての人が平等であるという思想が、その土地の文化や法に根ざしています。

資本主義や民主主義も、キリスト教的な価値観に基づいて発展してきました。

明治時代、西欧の近代文明に学び、日本が新たな形を模索する中で、苦肉の策として天皇を現人神とする体制を築いたのもその一例です。

現代の社会では、こうした基盤が揺らぎつつありますが、神様の存在を再認識することで、人々の共通の価値観を取り戻せるのではないでしょうか。


第二に、神様は適度なプレッシャーを与える存在です。

人間は怠惰になりやすい生き物ですが、「神様が見ている」という意識が、正しい道に戻る力を与えてくれます。

過剰なプレッシャーはストレスを生みますが、適度な緊張感は人間の能力を引き出し、最高のパフォーマンスを発揮する助けとなります。

誘惑や迷いに直面したときでも、神様の存在が自立と再生のきっかけを与えてくれるのです。


第三に、神様は私たちを褒め、癒してくれる存在です。

最近、子供たちと一緒に見たアニメ「葬送のフリーレン」の中に、人間の何倍もの人生を生きるエルフが「人生の最後に神様に褒められ、頭を撫でてもらいたい」と語る場面がありました。

その言葉に深く共感しました。

私たちは誰もが、認められたい、褒められたいという気持ちを持っています。

しかし、神様に認められればそれで十分だと考えられたら、過剰な自己顕示欲にとらわれず、「足るを知る」生き方ができるのではないでしょうか。


祈る力は、形や宗教の違いを越えて、人間に共通するものです。

そして日本には、それを育む土壌が至る所に存在しています。

私たちが持つ信仰心や祈りの文化を大切にしながら、未来を歩んでいきたいと思います。

それはきっと、次世代に受け継がれるかけがえのない財産となると感じています。



文・写真=飯田理一朗(株式会社トップ・ワークス)

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