星の王子さまとブルース・リー(2025年6月14日掲載)

48歳、4児の子育てをしている父親です。

先月、私は「チームオレンジはら・うきしま」の一員として、原中学校の新1年生を対象にした認知症サポーター養成講座に参加しました。


例年通り、座学に加えてカードゲームを用いたグループワークを行いましたが、

今年の生徒たちは特に活発で、複数のグループが自発的に発表に名乗りを上げるなど、会場は明るく前向きな雰囲気に包まれていました。

この講座では「支える側」としての知識や視点を学ぶことが中心となりますが、私はその土台として、「認知症の方が何を感じているのか」に思いを寄せることが欠かせないと考えています。

今年はそれを伝えたくて、講座の最後に最近あった出来事をお話ししました。


ある日、長年お付き合いのある77歳の女性から、「浴室が寒いのでシステムバスにしたい」とリフォームのご相談をいただきました。

お一人暮らしの方で、これまでも何度か工事をお任せいただいてきた方です。

ご希望の内容に問題はありませんでしたが、季節は春。

これから暖かくなる時期に「寒さ」を理由とするリフォームに違和感を覚えたのと、ここ最近のお客様の言動に少し気になる点があったため、念のため近親者や地域の方に状況を伺いました。

その結果、彼女が「アルツハイマー型認知症」と診断されていたこと、そして現在は通院をやめてしまっていることが分かりました。

ご本人からは一切そういった話はなく、リフォームの打ち合わせも、普段と変わらぬ調子で続いていました。


私は悩みました。

希望通り工事を進めるのが誠実なのか、それとも一度立ち止まり、今本当に必要なことは何かを一緒に考えるべきなのか。

長年の信頼関係があるからこそ、簡単には決められませんでした。

深く考えた末、信頼できる介護専門職の友人に相談すると、「病院で治療をしていないままだと、今は自立していても、数年のうちに自立が難しくなる可能性が高い」との助言を受けました。

私はその言葉を信じ、腹をくくってお客様のもとを訪ね、「秋になってから工事をしませんか」と提案しました。

そして、普段から右手首につけているオレンジリングの話をきっかけに、地域で行っている認知症サポーター養成講座のことや、私自身がそこで感じたことを、ゆっくり丁寧にお伝えしました。


すると、しばらく黙ったあと、彼女はぽつりとこうおっしゃったのです。

「私が認知症だなんて、信じられない。だって、私はちゃんと一人で生活している。

何で私が認知症なの?私が何か悪いことでもしたの?」


私はその言葉を受け止めながら、こう話しました。

「認知症は、誰にでも起こる“脳の病気”です。

たとえば足をけがして歩けなくなったときは、車いすを使ったり、周りに手を貸してもらったりしますよね。

でも脳の障がいは目に見えないからこそ、本人も周囲も気づきにくく、そして受け入れづらいものなんです。

けれど、病院で治療を受けてお薬を飲み、少しだけ周りの助けを借りれば、これからも買い物に出かけたり、おいしいものを食べたり、楽しく暮らしていけるんですよ」と。


彼女は少し考えたあと、微笑んで「人に言われてるうちが花かなあ」とつぶやきました。

そして、「病院にまた行ってみようかな」とおっしゃいました。

その言葉に、私は深い安堵と敬意を覚えました。

それは、誰かに押しつけられた選択ではなく、自らの言葉で、もう一度前に進むことを選ばれた瞬間だったからです。

この出来事を通じて、私自身も多くのことに気づかされました。


そしてその気づきを、生徒たちにも分かち合いたくて、二つの言葉を紹介しました。

ひとつは『星の王子さま』の一節です。

「ものごとは、心で見なくてはよく見えない。

一番大切なものは、目に見えないんだ。」

もうひとつは、武道家であり俳優でもあったブルース・リーの言葉です。

“Don’t think. Feel.”――考えるな、感じろ。


知識を得ることは大切です。

けれど、人と向き合うとき、本当に必要なのは「感じる力」なのかもしれません。

認知症という病気は、「気づく」「認める」「支える」ことが大切だといわれます。

その最初の一歩は、相手を思いやる「感じる心」から始まるのだと、私は思います。


目に見えないことを、心で見る。

私は、子どもたちとともに、そんな姿勢を日々の暮らしの中で少しずつ育んでいけたらと思っています。

同じ地域に生きる人たちが、それぞれ自分らしく暮らしていけるように。

日々の積み重ねが、地域の空気を少しずつやわらかくしていくものと信じています。



文・写真=飯田理一朗(株式会社トップ・ワークス)

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