未来の一手(2023年1月14日掲載)
46歳、4児の子育てをしている父親です。
常日頃、子供達には先の見えない未来でも、感じる不安を楽しむように、一歩ずつ歩んでほしいと感じています。
1月8日9日に、静岡県掛川市にて羽生善治九段と藤井聡太王将による第72期王将戦7番勝負の第1局が行われました。
4年前に沼津市で行われた羽生九段の講演を拝聴して以来、私は羽生九段のファンになり、通算タイトル100期の大偉業が達成される日を待ち望んでいました。
今回の対戦相手は今をときめく藤井王将。天才同士のタイトル戦に日本中が注目しました。
対戦の模様は動画共有サービス、ユーチューブで生中継されていましたので、デスクワークの傍ら観戦することができました。
はじめて将棋をじっくり拝見したのですが、昔テレビで見た棋戦の生中継と、放送スタイルが大きく変わっていて驚きました。
真剣に盤面に向かっている羽生九段と藤井王将の様子の下に、進行中の盤面のAI評価値がバロメータ表示をされていて、その脇にAIが算出した次の指し手候補が5手ほど並ぶ。
さらには今後の対局の最善の読み筋も表示されていました。
将棋素人の私には複雑に駒が並ぶ盤面に、勝負の状況は理解できませんが、画面に表示されたバロメータを見て優勢劣勢を知ることができたり、AIの示す候補手から長考している棋士が、どの手を指すことに悩んでいるのかが分かる気がして、楽しく観戦することができました。
ただ、拝見していた生中継では、気になる言葉も聞こえてきました。対局解説をされていた森内俊之九段が話されていた言葉で、昔のタイトル戦の様子を話されている場面でした。
「昔は控室に棋士が集まって、対局を同時進行で検討していて、一手一手に注目していた。
検討していたものと違った素晴らしい一手が指されると、棋士から大きな歓声が起こり、時折テレビ中継からその歓声が漏れたりした。
そんな控室には運営本部から注意が入ったりもしたものです。
ただ、今はAIが候補手をあげてくれるので、そのようなことは無くなりました。」
その言葉を聞いたときに、私は『未来が見える』ということは、そういうことなのかもしれないと感じました。
羽生九段が以前のインタビューで、先を見えない盤面を眺め、直感と読みと大局観を使って、不安ながらも一手を指していると仰っていました。
通算タイトル99期、歴代最多勝利数の記録を持つ羽生九段でも一手に不安を感じている。
生中継でAI評価値も知らず真剣に将棋を指す羽生九段を見ていて、はたして未来が見える不安のない中で指す将棋に、羽生九段は感動を覚えるのだろうか?と感じました。
不安は分からないから不安であって、分かってしまったら安心も出来ますが、脅威にもなります。
脅威を感じてしまったら、一手も指すことはできません。
不安だからこそ、感動が出来、未来へ一手を指すことできるのだと感じました。
私は名人同士の対局もさることながら、日本独特の文化に育った将棋という遊び自体にも惹かれます。
インド伝来の将棋ですが、日本人らしさが詰まったゲームになりました。
それは旅好きの日本人が、旅先でも遊べるように、細工し工夫されてきた歴史にあります。
小さく持ち運びができるように平型の駒になり、駒に強弱をつけ、ひっくり返して「成る」要素を加えることで面白くし、短時間で決着がつくように、取った駒を自分の駒として使えるようにした。
ボードゲームは世界各地にありますが、将棋のようなゲームは日本にしかありません。
小さな箱に駒を詰め込んで、旅の疲れを旅籠で癒しながら、遊びに興じた先輩方の笑顔は想像に難くないです。
古来日本人は、細工をして、小さく詰め込むことを美徳としました。
細工をしないものは『ブサイク(不細工)』と呼び、詰め込まないものは『つまらない』と呼ぶ。
その感覚は現代の私たちにも日常に使う言葉として、脈々と受け継がれています。
将棋にはそんな日本人的感覚を感じるものがあり、将棋を見るたびに忘れてはいけない感覚の一つだなと感じています。
王将戦第1局は藤井王将が勝ち取りました。
今月21日からは第2局が大阪で始まります。
もちろん私は羽生九段を応援すべく観戦したいと思っていますし、その際には子供達と一緒に見たいと思っています。
対局の様子を見つつ、子供達には以前聞いた羽生九段の講演の話や前述した将棋の歴史を織り交ぜながら、不安だから踏み出せる一歩があることを伝えたいと考えています。
先が見えない未来であっても、日本人らしい感覚を忘れずに歩んでほしいと感じています。


