流域という文明(2026年4月1日掲載)
49歳、4児の子育てをしている父親です。
ある朝、新聞をめくっていると、沼津の海岸で行われた清掃イベントの記事が目に留まりました。
狩野川流域の首長たちが一堂に会し、海岸清掃を行ったという記事でした。
狩野川は、天城の山々に降った雨を集め、伊豆半島を北へと流れ、やがて駿河湾へと注ぎます。
途中では黄瀬川をはじめ、御殿場や裾野の山から流れ下る川も合わさり、大きな流れとなって海へと向かいます。
普段はあまり意識することはありませんが、山から川へ、川から海へと水はつながって流れていきます。
その流れを地図の上でたどると、川を中心に山の稜線をなぞるようにして、一つの大きな流域のかたちが浮かび上がります。
山に降った雨が谷を下り、やがて海へと至る。
その流れを思い描くと、この地域の暮らしもまた同じ水のつながりの中にあることに気づかされます。
新聞記事を読みながら、ふと、狩野川という一本の流れの中で、この地域がつながっている輪郭のようなものを頭に浮かびました。
生態学者の岸由二さんは、こうした視点を「流域思考」と呼びました。
河川を行政の境界として分けるのではなく、水の流れのつながりの中で社会や暮らしを見直していく考え方です。
そう考えたとき、私が思い出したのが、上土商店街にある八百屋REFS(レフズ)の店主、小松浩二さんが企画した「一杯のスープをつくる時間」という長期体験型のイベントでした。
この企画では、最高のスープを飲むために、まず器をつくるところから始まります。
私が参加したときは伊豆の山に入り、チェーンソーで間伐材を切る作業を体験しました。
その木は後に作家さんの手によって器となり、参加者のもとへ届けられます。
器が出来上がるまでの時間、今度はスープの材料となる野菜づくりの農作業を手伝います。
森から水が生まれ、畑を潤し、川を流れて海へとつながっていく。自然の循環を体で感じていく取り組みでした。
まだ小さかった長女も一緒に参加しました。
あのとき作ってもらったひのきの器は、今も我が家に残っています。
手触りがよく、ときどきそれを使うたびに、あの山の空気や、皆で作業した時間のことを思い出します。
文明という言葉は少し大きく聞こえるかもしれません。
しかし人間の文明は、もともと川の流れとともに形づくられてきました。
ナイル川がエジプト文明を育てたように、世界の多くの文明は河川の流域に生まれています。
アメリカの地理学者ローレンス・C・スミスも著書『川と人類の文明史』の中で、人類の文明が川とともに発展してきたことを描いています。
流域という視点で見れば、山も、川も、海も、本来はひとつのつながった世界です。
行政の境界線ではなく、水の流れの中で社会を見直してみる。
そんな視点が、これからの地域のあり方を考えるヒントになるのかもしれません。
ここ沼津は、狩野川の河口に開かれた町です。
山から流れ出た水は川を下り、やがて駿河湾へと注ぎます。
私たちの暮らしもまた、その流れの中にあります。
沼津の海には全国でも数少ない高い水質を持つ海水浴場がいくつもあります。
大瀬海水浴場、島郷海水浴場、千本浜海水浴場、井田海水浴場、そして平沢海水浴場(らららサンビーチ)。
明治の頃には御用邸が置かれ、学習院の海浜教育も今に続いています。
海の美しさは、ある日突然生まれるものではありません。
天城の森があり、川の流れがあり、流域に暮らす人びとの日々の営みがあり、その積み重ねの中で守られてきたものです。
狩野川を下ってきた水が最後にたどり着く場所が、この沼津の海でもあります。
川の流れの中で受け取ったものを、私たちはまた次の世代へ手渡していくのだと思います。
大きな文明も、もとはそうした日々の営みから生まれてきたものかもしれません。
流域という文化も、きっとそうして続いていくと願っています。
文・写真=飯田理一朗(株式会社トップ・ワークス)



