野鳥の楽園(2025年5月8日掲載)

48歳、4児の子育てをしている父親です。

日頃から子どもたちには、身近な関心事を通して、

自分たちを育んでいる故郷の素晴らしさに気づいてほしいと願いながら接しています。


そんな思いもあって、先月と先々月、日本野鳥の会沼津支部が主催する探鳥会に参加しました。

鳥が大好きな次女を一度連れて行ってあげたいと思い、まずは御用邸で開かれた探鳥会に足を運びました。

ビンズイやメジロなど、さまざまな野鳥たちとの出会いに恵まれ、想像以上に面白く、楽しい時間を過ごしました。


思えば、里山の鳥、街なかの鳥、川の鳥、海の鳥と、

中心市街地のすぐ近くでこれほど多様な野鳥を観察できるのは、沼津ならではの魅力かもしれません。

その気づきから、双眼鏡を手に入れ、鳥に関する本を買い求め、

日々目にする鳥たちの姿や、耳に届くさえずり、地鳴きに耳を澄ませるうち、野鳥の世界にどんどん夢中になっていきました。


先月の探鳥会では、千本浜公園に集合し、イソヒヨドリやカワラヒワの愛らしさに癒されながら、沼津港の外港まで散策しました。

そしてこの日のメイン、外港での釣り糸(テグス)拾いに取り組みました。

テグスは、野鳥にとって命取りになりかねない危険な存在です。

硬くて丈夫、しかも透明なため、人間でも気づかずに足を取られることがあります。

絡まったテグスを引き抜こうとすると、逆に指に食い込み、思わず痛みを覚えました。

釣り針がついたままのものもありました。

昨年、片足を失ったハトを目撃したという話も伺いました。

もし口ばしにテグスが絡まれば、口が開けず、食事すらできなくなってしまう…。

その危険性を、改めて身をもって実感し、子どもたちとも共有しました。


動物言語学者・鈴木俊貴氏による『僕には鳥の言葉がわかる』。

大学4年生のときから15年以上にわたってシジュウカラの観察を続け、

世界で初めて動物の鳴き声から言語や文法を見出し、動物言語学を提唱した研究者の記録です。

この本を読んで、私は衝撃を受けました。

鳥の鳴き声に、耳を澄ますようになったのも、この本との出会いがきっかけです。


鳥たちは、人間と同じく音を復唱する能力に長け、親鳥の鳴き声を脈々と受け継ぎながら言葉を発していると考えられています。

ただし、人間と異なり「未来」や「過去」を想像する力を持たないため、

彼らが語るのは、目の前にある「今」だけ。

逆に言えば、彼らは現在の出来事に特化して、言葉を交わしているのです。

大地震の際、野生動物たちが異常行動を見せるのはよく知られています。

彼らの言葉に耳を傾けることができれば、自然災害の予兆を感じ取ることもできるかもしれない。

大昔の人類は、きっとそうやって生き延びてきたのだろう。

そんな想像をめぐらせています。


自然豊かな沼津の地。

私たちの祖先も、代々この恵みを感じながら暮らしてきたに違いありません。

鎌倉時代に書かれた紀行文『東関紀行』には、こんな一節があります。


浮島が原はいづくよりもまさりて見ゆ。

北は富士の麓にて西東へはるはると長き沼あり、布を引ひけるがごとし。

山のみどり影を浸して、空も水もひとつなり。

蘆かり小舟、所々に棹さして、むれたる鳥おほくさわぎたり。


浮島沼の美しさを讃えた一文です。

「布を引ひけるがごとし」とは、錦の反物のように滑らかに広がる水面をたとえた表現でしょう。

空と水とが一体となった鏡のような水面に、山の緑と小舟、群れなす鳥たちの姿が映り込み、

その賑わいは風景の趣をいっそう引き立てていたに違いありません。

まさに、野鳥の楽園だったのだと思います。


もちろん、現代の暮らしのなかでは、野鳥との共生が難しい場面もあります。

農作物や建物への影響を心配する声も聞きます。

しかしそれは、野鳥に限った話ではありません。

人間同士の関係にも、折り合いをつけながら共に生きる努力が求められています。

野鳥たちもまた、命をつなぎ、さまざまな遺物を分解し、私たちの眼を癒し、耳に安らぎをもたらしてくれる存在です。

野鳥の楽園に生きる共存者として、子どもたちには、故郷の自然の恵みに感謝できる心を育んでほしいと願っています。


5月11日(日)、日本野鳥の会沼津支部による探鳥会が開かれます。

今回は、函南原生の森公園が舞台です。

9時に現地集合。

送迎や道案内を希望される方は、沼津駅北口ロータリーへ8時にご集合ください。

事前申し込みは不要ですが、送迎・道案内をご希望の方は、事前に日本野鳥の会沼津支部事務局にご連絡ください。


キビタキ、オオルリ、シジュウカラ…。

森のさえずりを聴きながら、持参したお弁当を味わうひととき。

野鳥の魅力を、ぜひ感じていただけたらと思います。



文・写真=飯田理一朗(株式会社トップ・ワークス)

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