老人ホームで死ぬほどモテたい(2026年5月9日掲載)
49歳、4児の子育てをしている父親です。
今年の正月、初釜の日。その日は、曽祖母が父のために繕った和服を、私のサイズに仕立て直したものを着ていきました。
初釜が終わり、そのまま家に帰ってもよかったのですが、もう少しだけその服を着ていたくて、沼津の街中をぶらぶらと。
ふらりと下本町の本屋、リバーブックスに寄りました。
店内でクラフトビールをちびちび飲みながら、本をじっくり選んでいると、ある本のタイトルが目に飛び込んできました。
『老人ホームで死ぬほどモテたい』。
沼津出身の歌人、上坂あゆ美さんの歌集でした。
同時代に生きる歌人の歌集を購入したのは、これが初めて。
沼津出身ということもあってか、どこか馴染みのある風景の言葉が並びます。
短歌のリズムに身を任せて読んでいくと、その向こうにある暮らしや家族の気配が、顔をのぞかせます。
少し胸がざわつくような言葉もあれば、静かに心に残る言葉もある。
そのどちらもが自然で、いいなと思いました。気がつけば、すっかり引き込まれていました。
後日、続いて手に取った『地球と書いて〈ほし〉って読むな』という彼女のエッセイ集を読むと、いくつかの歌に込められたエピソードが綴られていました。
彼女の人生をなぞるような文章と歌。
彼女ほどの複雑さや起伏に富んだ人生ではないけれど、私の若いころはどうだったか、と考えました。
流れるサンド NBのバイトで 取っ払いの帰り道には コンビニのアイス
中学からの友人が営む美容室で髪を切っていると、高校生のころに行っていた沼津ベーカリーでのアルバイトの話になりました。
あの頃の五千円は大きくて、取っ払いはうれしかったなぁ。
30年以上昔のことを笑って話した、その帰り道にこの歌が浮かびました。
これをきっかけに、普段の生活の中から、私なりの短歌をつくってみたいと思い始めました。
鯵三枚に おろす昼下がり 声ひびく アイランドキッチン越しに
休日の昼下がり、鯵が安く手に入ったので、アジフライやたたきを作ろうとキッチンに立ちました。
中骨を骨抜きで取ることに集中しつつも、頭越しに聞こえてくる子どもたちの声に、口元がゆるみます。
そのとき、浮かんだ一首です。
緑茶飲み 「奥様遅い?」と 口にして 愛らしき笑み どこか向こうに
夕飯の支度をしていると、いつものように義父がリビングに入ってきます。
「こんばんは。よろしくお願いします。」
いつも丁寧で誠実な義父ですが、今日はどこかよそよそしい。
「もうすぐできますので、少しお待ちくださいね」と声をかけ、温かいお茶を出します。
「旦那さん、いつもありがとうございます。奥様は遅いのですか?」
やわらかな笑顔に癒やされながらも、ときどき現れるこの距離に、少しだけ寂しさを感じることがあります。
上坂あゆ美さんの歌の中に、こんな一首があります。
強さとはやさしさなのかもしれなくて無害老人計画はじまる
上坂さんの祖父も、認知症でした。
この一首からも感じるとおり、彼女は祖父との関わりを通して、自分の生き方を見つめ直し、歩みを始めたのだと思います。
強くあろうとするほどに、崩れていくときの揺れも大きくなるのかもしれません。
その姿を前にして、自分の内側にある性格や気質を見直していくことは、簡単なことではないはずです。
それでも彼女は、その強さをやさしさへと置き換えていく。
その延長線上に、「老人ホームで死ぬほどモテたい」という言葉があるのだとしたら、とても自然なことのように思えます。
ユーモアの奥にある、したたかさとやわらかさ。その両方を携えたまま歳を重ねていこうとする姿に、心を惹かれました。
その一首に応えるように、私もまた一つ。
老人ホームでも きっと私は台所に立つ
人は、さまざまなものに触れながら、少しずつ変わっていくのだと思います。
ぶつかり、受け取り、ときに影響を受けながら、その都度、自分のかたちをつくり直していく。
そうして重ねていく日々が、結果として人生を豊かにしていくのかもしれません。
そんな時間を、子どもたちとも分かち合えたらと思います。
文・写真=飯田理一朗(株式会社トップ・ワークス)


